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ちくわぶ亭

ITインフラ系の中小企業で主任やってます。合間にピアノを弾き、読書をしてます。ニキビに悩んでいたりもします。

読書と本の種類

星野源 働く男という本を今日の朝まで読んでて、
たぶん夜にはエレナ・ポーターの少女パレアナという本を読む。
働く男はエッセイで、少女パレアナはまたまた少女文学。
働く男を読んでて、よく映画を見てるなーと感じた。普通このくらいは見てるのな。
10個くらい映画上げてたけど、2つくらいしか知らなかった。くそぅ。

他にも最貧困女子とか、影響力の武器とか、嫌われる勇気とか、なんかとんでもなくざっくりと読んでます。
頭にまったく入ってないけども。
僕の中では、やはりストーリ仕立てというか物語の人物が行動して人と話している、情景などを読み取るほうが勉強になるのではないかと思っている。自己啓発とかノンフィクションとかよりもなんとなく頭に残ってる。
ただ情報をインプットする力がないだけかもしれないが。能力不足かも。

しかし、本を読み終わった後の影響され具合が凄い。吸い込まれてるんじゃないかって位に。
たしか若きウェルテルの悩みって本で、自殺した人が増えたんだよね。ウェルテル効果ってやつ。
ハーモニーでも紹介してたけども。あとサイコパスでも狡噛や填島が引用する本も文学。
それは、甲殻機動隊でも同じか。物語は連鎖する。
働く男なんかでは、星野源さんがAVの話とかしてる。
フェチの話とかしてみたいよね。だから僕も書きたいなとか思ったりする。
まぁ今の段階では恥ずかしいから書かないけどね。

作品と言うのは、作者の本気が見えたりする。そこに感動を覚えるのかもしれない。
自分がそうだんけど、こういった文章を書くとき、自分の事とか思いとかそんな感じの事を書く場合、
やはりどうしても自分の全てを書いているってわけじゃない。つもりでも、どこかでこれはやばいんじゃないかと思って躊躇ってる。けど、絵を描く、ピアノを弾く。特に誰かに見て貰う事を前提にした場合、今の自分の全てをぶつける事が多い。なかなか手抜きは出来ない。技術的な妥協はあっても思いまでは妥協が出来ない。入れ込むほうが難しいと感じる。
それは物語を作るのにも当てはまると思っている。だからこそ、今の自分は文学小説にお熱なのだ。