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ちくわぶ亭

ITインフラ系の中小企業で主任やってます。合間にピアノを弾き、読書をしてます。ニキビに悩んでいたりもします。

31歳になりました。

本日付で30歳辞めました。31歳へ異動になりました。誕生日です。しかしながら歳はとりたくないものです。歳だけとってしまったかんじです。

しかし、色々騒いでみるものですね。
今まで行ったことなかったディズニーシーに行けることになり、ダッフィーの縫いぐるみが買えたり、タワーオブテラーに乗れたり。
タワーオブテラーはもういいや。初めてなのに、level13ってなんだよ。肛門に力入れすぎて吊りそうだったよ。血便だよ。
ダッフィーの縫いぐるみは鞄に付けるやつと抱えるやつ、昔から欲しくて欲しくて持ってる人が羨ましかったので念願でしたし。
 
あと、本かな。少女文学読んでるってのを言ってるので貸して貰ったり貰ったり。少女文学じゃないけども、宮部みゆきさんの火車読みたいって言ってたのを覚えてくれててプレゼントしてくれたり。幸せなのですね。積み本が増えました。
君だけがいない街なんかもコミックを貰いました。沢山の読み物に埋まっている状態です。どれから手をつけようかなと。
 
さて、少し無理矢理なんですけど、今回この至れり尽くせりな感じなのですが、なんというか、他人様はそれぞれ楽しみをもっておるなーと感じてます。世界観というか。
好みとか違うのですけど、その好き嫌いで衝突する部分もあるのかもしれない。
だけれどもなんだけど、やはり作品を楽しめる、世界観に入り込める。そういうのは才能というわけではなく、教養なのではないかと思う。方式。作法。仕方。仕方がしっくりくるかな。
 
特に感情の世界は、外からの影響が多い。それこそ物語の世界とかね。テレビドラマやマンガもそうかもしれない。
 
そんな世界もきっと原典があって、それから派生したもので、それでも元の軸は一所だったりするんだろうなーと思う。
だからこそというか、子供っぽいとかくだらないという感情が自分の中に湧いたとき、少し考えてるようにしている。
それは単に自分の教養が足りないからなのではないかと。
きっと、仕事や生きていく為にはこの共通した世界観に入る必要はないのかもしれない。
しかし、その世界観を共有出来るだけの教養が身に付いたとき、人生は楽しく幸せなものになるのかもしれない。
そんな風に思った31歳の初日でした。