ちくわぶ亭

ITインフラ系の中小企業で主任やってます。合間にピアノを弾き、読書をしてます。ニキビに悩んでいたりもします。

赤毛のアン オルタナティブ

昨日から赤毛のアン読んでる。そして今日の朝も。半分くらいかな。

昨日書店で赤毛のアンを探してたら、色々な赤毛のアンがあり。これを買おうと決めては居たんだけど、やっぱり他も気になって。本にカバーはしてもらうのだけれども、それでもまだ、表紙というもので読むモチーベーションが変わってくるという。綺麗な表紙だったり、可愛い表紙だったり。読み始めちゃえば気にならなくなるんだけど。そういえば、以前スナックのママが言ってました。酒はラベルで分かると。これとは関係ないかもしれないけど。まぁ、なので今回はあずまきよひこさんが表紙描いてるやつにしたわけで。これが決め手になるってなんか踊らされてる気がするけど。しかも2巻目以降は全然違う表紙だしね。踊ってやろう。

そもそも名作なんだったね。赤毛のアン。正直今まで読んだ小説よりも新鮮で。古い本なんだけど。読まれ続けるのには理由があるんだなって思います。これは当たり前だけど初めて実感したな。クラシック音楽なんかも良さがあるんだけれども魅力が分かりづらく、教養があるのが前提だし。ピアノを習ってきた自分だが今でも分からないし。

 

今回買った赤毛のアンはもしかしたら翻訳が良かったのかもしれない。いろんな人が翻訳をしている。たくさんの赤毛のアンが居るわけですね。

中村佐喜子さんの描いたアンはおしゃべりクソ野郎(オイ)だけど、これはアンがそうなのかもしれないけど、どこか憎めないそんな話し方をするから、読んでて惹き込まれるんだよね。すごい。初めての少女文学。侮ってた。恋しちゃう。

 

さて、自分の考えてる事。異性との関係。男と女。特に恋愛。ちょっと受売りもあるんだけど。きっと文化は文学から伝わってきたんじゃないかと思う。昔は恋愛なんて概念はなかった。きっとエロと呼ばれるものもきっと、文学からなんじゃないかなと。

最近はドラマとかマンガとかもあるから全てではないけれども、影響されてそれが世間に根付いた結果なのではと。洗脳かもしれない。時代時代であり方が変わっていく。

ウェルテル効果ってやつと似ているんじゃないかな。人は影響されずにはいられないというか。いわば、エロや恋愛は発明なのかもしれない。文学者によって。

この考えはきっと世界の文学に触れればもう少しかけるのかもしれないが。

 

えっと、モテるモテないは知らないだけかもしれない、その仕組みを。

そんなモテる仕組みを赤毛のアンから教授されるとは思えないけど。自分で書いててなんかヒドイ。最近よく言われるだけれどもね、仕組みを作っちゃえと。いやいや、その仕組みの作り方を教えろよっ!

 

今は、星野源のYELLOW DANCERというアルバムを聞いて小説を読む。これが一番の幸せな時間。影響されてぐちゃぐちゃに脳をかき混ぜてる状態。影響されすぎ。ちょろい。

今日はそんな着地点だった。